ポリファーマシーなる論議が喧しいが、75歳以上の高齢者・服用薬剤6種以上・薬物有害事象増加と独り歩きしている。85歳・服用薬剤10種・薬物有害事象ありとなると、対象のど真ん中である。期せずして打ち出されている治療ガイドライン、ふと下記のようなものが目に留まった。
①高齢者の医薬品適正使用の指針(2018年5月:厚生労働省)
②CKD診療ガイドライン2018(2018年5月:日本腎臓学会)
③造血器腫瘍診療ガイドライン2018年版(2018年:日本血液学会)
④がん薬物療法時の腎障害診療ガイドライン(2016年6月:日本腎臓学会ほか)
⑤高齢者の安全な薬物療法ガイドライン2015(2015年12月:日本老年医学会)
これらを一読してみて、予てより気になっていたCKD(慢性腎臓病)のデーターを俎上に挙げてみた。医療者の多くからは、加齢でしょうと言われてきたものである。
この事例での腎機能(e-GFR)の年齢による低下は、次の様な値である。
*グリベック服用以前におけるe-GFR値の変化 ➡ -0.4/Y
*グリベック服用以後におけるe-GFR値の変化 ➡ -2.3/Y
「CKD診療ガイドライン2012」に引用されている高齢者のe-GFR値の加齢に伴う低下速度は、0.4/Y程度(下図青色線)であり。腎機能の低下したグループでも 1/Y 程度(下図赤色線)である。これから見ると、グリベック服用時期におけるe-GFRの低下速度が2/Y超なのは、加齢要因以外になにがしかのグリベックの影響が考えられる。それと、ループ型利尿剤の影響も出ている。
上掲事例での現在の腎機能は、G3bからG4へ移行しようとしている段階にある。末期腎不全への転落を予防する決め手はないが、腎機能低下を軽減する対象として服薬に着目して試行錯誤を行ってみた。
第一手段:グリベック服用の休薬
CML(骨髄性白血病)の発症以来14年にわたり服用してきている治療薬グリベック(300mg/D)の服用中止を試みた。CMLの病状は、DMR(分子遺伝学的に深い奏効)を3年以上継続していて、CMLの病原であるフィラデルフィア染色体がRT―PCR検査法で未検出の状態にあった。休薬後50日経過で、フィラデルフィア染色体がBCR-ABL1IS値0.027%検出された。DMR寛解状態が喪失されたのである。このレベルでは、まだMMR(分子遺伝学的大奏効)の寛解段階ではあるが、急速に増悪することが予見されるので、グリベック服用を再開した。グリベック再服用により100日後にはフィラデルフィア染色体が未検出となり、DMR寛解状態に戻った。拠って、CKDの改善の手段としては活用不可と確認した。
*休薬を試みた根拠は、後記する。
第二手段:ループ型利尿剤の服薬中止
CML治療の過程で、下肢の浮腫み対策としてループ型利尿剤の服用を始めて現在に至っている。このタイプの利尿剤が、腎機能を低下させることはよく知られているので、下肢の浮腫みがほぼなくなった状況に鑑み、利尿剤の服用を中止してみた。下肢の浮腫みが直ちに出現し4日間で体重3kgの急増を見たので、利尿剤の服用を再開した。
グリベックによる浮腫み以上に、腎機能の低下に依る浮腫みが多くなって来ているのである。この方法も腎機能低下への歯止めとしては使えないようである
【結論】
CMLの悪化と腎不全への低落という「前門の虎・後門の狼」からの脱出は叶わなかったが、ポリファーマシーの観点からの現在の立ち位置がよくわっかったのが収穫でもあった。
主治医らとの相談を重ねての試みは、今後も続くことだろうが、一つ残してある道は、グリベックの服用量を300mgから200mgと減薬する課題であり、CMLの病状指標のDMRの継続状況をみて試みる予定である。
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補遺:CMLにおける腎臓障害などの出典
1.グリベック休薬試行の根拠
CML患者の治療経過で良好な寛解状況にある患者群を対象にしたELNによるTKI(チロシンキナーゼインヒビター)投与中止の報告以来、日本に於いてもいくつかのグループによるTKI中止の臨床試験が実施されて来ている。それらから、半ば以上の症例で長期の寛解状態(TFR…Treatment free remission)が達成されており、再発した症例でもTKI再投与による寛解状態(DMRレベル)の再度達成が得られている。
しかし、造血器腫瘍診療ガイドライン2018年版(日本血液学会)では、臨床試験によるTKI投与中止以外は、特殊な事例を除いて認めていない。
➡この点ではガイドラインに反しているが、自己責任と主治医との慎重検討の上での試みであった。この試行を支えたものは、他のがんにはない高精度のMRD(微小残存病変)検出方法によるモニタリングである。
2.CMLに対する治療効果の判定基準とモニタリング
CMLの長期治療経過している場合の望ましい寛解状態として、ELN2013コンセンサスでは、少なくともMMR即ちフィラデルフィア染色体の残存が1/1000以下、基本的にはDMR即ちフィラデルフィア染色体の残存が1/100000以下としている。
これに対応する検査方法が、遺伝子検査方法による定量RT-PCRである。現在、日本で実施されている検査法は、Major BCR-ABL mRNA測定キット「オーツカ」によるもので、検出限界が、BCR-ABL1ISで0.0007%とされている。
この検出精度でモニタリングできるので、グリベック休薬後の再発は非常に小レベルの段階でチェックされるので、CMLの病状が極端に悪化することを回避できるのである。
3.グリベックと腎障害の問題
①製薬メーカーの情報=添付文書にみる注意
重大な副作用として「重篤な腎障害」が記載されているが、この項目が追加されたのは
2018年5月であり、それ以前は腎障害は治療上での副作用としてあまり考慮されて来なかった。
その他の副作用として2005年から下記の様に列記されているが、あまり注意をしなかった
のは、利用者側の不注意だったのだろうか。
②がん薬物療法時の腎障害診療ガイドライン2016(日本腎臓学会ほか)
抗がん剤によるAKI(急性腎障害)の例として、保険収載されている抗がん剤が腎障害病変別に挙げられている。グリベックは、尿細管間質病変の急逝尿細管壊死に関連するとされている。一般論としては、AKIはCKD(慢性腎臓病)やESRD(末期腎不全)のリスク増大要因でもある。
そして、このガイドラインに、医療者にも患者にも心に留めるべき警告がある。
③腎排泄性薬物ではないのに減量の必要な薬物(熊本大学薬学部育薬フロンティアセンター)
熊本大学薬学部のデータベースの中に、ESDKなどの重度の腎疾患患者に対しての
注意すべき薬物リストがあり、グリベックが掲載されている。非公開資料なので
イメージとリンクを挙げておく。
④高齢者の薬物療法ガイドライン
グリベックに関わる記載はないが、高齢者のポリファーマシーに関わるガイドラインなどを挙げておく。
*高齢者の安全な薬物療法ガイドライン2015(日本老年医学会)
疾患領域別に注意すべき薬物を列記し対処を記載している。
がん・腫瘍にかかわる事項がないのが惜しまれる。
*高齢者の医薬品適正使用の指針(2018年5月:厚労省)
がん・腫瘍に関わる薬物の掲載がない。
*とある事例
ポリファーマシーに関わる情報や論評は多々あるが、一患者から見ればこの事例
のような活動があらまほしく思われる。
顛末記
①CML(慢性骨髄性白血病)の長期の寛解状態(TFR…Treatment free remission)
&CKD(慢性腎臓病)の増悪低減
②休薬によるQOLの向上
③医療費の削減(個人・国の医療費)
これらの目標としたメリットは、いずれも不可と判明した。
④事例患者の服用全医薬品
グリベック300mg(CML治療)
レパミピド100mgx3(胃粘膜保護➡グリベック副作用抑制)
マーズレン0.5ESx3(胃粘膜保護➡グリベック副作用抑制)
酸化マグネシウム錠330mgx2(整腸補助➡グリベック副作用抑制)
アゾセミド錠30mg(浮腫み防止➡グリベック副作用抑止)
アゾセミド錠30mg(CKD治療)
フェブリク10mg (CKD…痛風治療)
ウルソデオキシコール酸錠100mgx3(胆石・胆炎治療)
コソプト配合点眼液(緑内障治療)
キサラタン点眼液0.005%(緑内障治療)
ムコスタ点眼液UD2%(ドライアイ治療➡CML副作用結膜下出血防止に有効)
☞ 専門家によるポリファーマシー観点からの何らかの方策があるかどうかである。
(百軒)
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